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大阪地方裁判所堺支部 昭和46年(わ)430号 判決 1972年9月04日

主文

被告人を懲役八年に処する。

未決勾留日数中二七〇日を右刑に算入する。

押収してある刺身包丁一丁(昭和四七年押第四号の一)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和四六年八月二日ごろ、大阪市西成区津守町西四丁目一三八番地先路上において、自己運転のタンクローリに積載中の三宝自動車興業株式会社管理にかかる酢酸ブチル一、〇〇〇リットル(時価約八万五、〇〇〇円相当)を抜き取つて窃取し

第二、昭和四六年一〇月二日午前一時三〇分ごろ、堺市百舌鳥梅北町二二〇番地光マンション内の自室に顔なじみのスナック喫茶ウエイトレスけい子こと八代早苗(当時二〇歳)を誘い込み、同所で同女と無理に肉体関係を持つたところ、同女が「ママに言つてきつちり話をつけさせてもらう」などと言つて泣き出し、同女の軽四輪乗用自動車(八泉こ七八―六七号)を運転して逃げ帰つたので、同女にそのことを口外しないよう頼むために自分も自動車を運転して同女を追跡し、同市車之町西二丁一番二五号先路上で停車した同女の軽四輸乗用自動車を認めてこれに近づきその運転席にいた同女に対し「あとでうめあわせをするから内緒にしてくれ」などと言つて懇願したが、同女に「今さら何言うてんや、明日必らず店へ言うて話をつけさせてもらう」などと大声でののしられたりしたので、このうえは同女をおどし付けて口止めするほかないと考え、自分の運転して来た自動車の運転席から刃体の長さ約21.1センチメートルの刺身包丁一丁(昭和四七年押第四号の一)を取り出してきたところ、同女からさらに大声でののしられたため激昂し、かつは同女の口を封じるため、とつさに同女を殺害するもやむなしと決意し、同日午前二時過ごろ、同所で、車から下りようとしていた同女の左胸部を右包丁で一回突刺し、よつて同女に対し心のう左心室壁を貫通する左前胸部刺創を負わせ、間もなく同市甲斐町西二丁二二番地先路上を被告人の運転により走行中の前記軽四輪乗用自動車内で、右刺創に基く心のう内タンポナーデにより死亡させて同女を殺害し

第三、前記の様に殺害した同女の死体の処置に窮したあげく、右犯跡をおおうため、その直後、右死亡場所から同女の死体を乗せたまま前記光マンション前まで前記軽四輪乗用自動車を運転したうえ、右死体を同車から同マンション内の自室に運び込み、同日午前四時過ぎごろ、外部から発見されないように、同室入口ドア内側の布製カーテンを引き、同ドアに施錠するなどして同女の死体を同室内に放置して逃走し、もつて死体を遺棄し

第四、業務その他正当な理由がないのに、同日午前二時ごろ、同市車之町西二丁一番二五号先路上において、前記刺身包丁一丁を携帯し

第五、同日午前四時三〇分ごろ、前記軽四輪乗用自動車を運転して同所に引きかえした際、同車内に置いてあつた藤田龍子所有の写真機一台(時価一万五、三〇〇円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示第一、第五の各所為は各刑法二三五条に、判示第二の所為は同法一九九条に、判示第三の所為は同法一九〇条に、判示第四の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号、二二条にそれぞれ該当するが、判示第二の罪については所定刑中有期懲役刑を、判示第四の罪については所定刑中懲役刑を各選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑にに同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中二七〇日を右刑に算入し、押収してある刺身包丁一丁(昭和四七年押第四号の一)は判示第二の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(死体遺棄罪の成否について)

弁護人は、判示第三の事実につき、被告人は死体を自宅に運んで丁重に取り扱つており、死体遺棄罪の保護法益を侵害するものではないから、同罪は成立しないと主張する。

しかしながら、刑法一九〇条の死体遺棄罪は、死体をその現在する場所から移動して放棄することによつて成立するものである。これを本件についてみるに、被告人は、先に判示したように、自己の犯跡を隠ぺいするため、被害者の死体を死亡場所から自動車に乗せるなどして前記光マンション内の自室に運び込み、同室入口ドア内側の布製カーテンを引き、同ドアに施錠するなどしたうえ、それを同室内に放置して逃走しているのであるから、右構成要件を充足するものといわなければならない。

被告人が死体を搬入、放置したのがマンションン内の自室であることは先に判示したとおりであり、さらに前掲各証拠によれば、弁護人の主張するように、被告人は死体の血痕を拭い、下着を着せかえ、ベットの上に寝かせ、顔にハンカチをかぶせ、両手を組ませるなど一応丁重に取り扱つているなどの事実が認められるが、これらの点は別段死体遺棄罪の成立を妨げるものではない。けだし、前掲各証拠によれば、同室には台所西側と六畳の間東側に腰高窓があるも、いずれの窓もアルミサッシ戸が施錠されていたこと、当時被告人の内妻は家出していて容易に帰宅する見込みがなく、他に同居人もいなかつたこと、電気代やガス代の集金人などのほかは同室を訪れる者はなかつたことなどの事実が明らかであるが、このような人目につかない密室に死体を放置すれば、当初右の様に丁重に取り扱つても、時日の経過とともに死体は人知れず変容、腐敗し、やがては何人の死体であるかの判別も困難になるほど腐らんしてしまうことが予想されるのであり、したがつて、死体を右のような状況のもとに右のような場所に放置することは、死体遺棄罪の保護法益である埋葬に関する善良な風俗、死体に対する一般的宗教感情を害すべき行為であると言わざるを得ないのである。

弁護人の主張は採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(金山丈一 栗原宏武 河原和郎)

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